本はたべもの

〜純文学のこころみ〜

箱男と箱女

箱男と箱女~『箱男』/ 『歩く仏像』

本紹介の回です。

私が興味を持った本をテーマごとに2冊ずつ紹介していきたいと思います。

今日のテーマは『』、より正確に言うと『箱になる』です。

空想だからこそできる、非現実的な設定の中に「変身」がありますが、今日紹介する2冊はその中でも突拍子もない部類です。

 

1冊目は箱男』 by 安部公房

 

箱男 (新潮文庫)

箱男 (新潮文庫)

 

 

安部公房は東大医学部出身の作家で、1951年に「壁」で芥川賞を受賞しています。

私は高校の教科書に「鞄」という短編が載っていた記憶があります。

箱男』がどんな本なのか、新潮文庫 裏面のあらすじより抜粋。

ダンボール箱を頭からすっぽりとかぶり、都市を彷徨する箱男は、覗き窓から何を見つめるのだろう。一切の帰属を捨て去り、存在証明を放棄することで彼が求め、そして得たものとは?

 冷蔵庫の空き箱のような、縦長の段ボール箱をかぶって路上生活をする 『箱男』 についてのお話。

『箱の製法』 の指南に始まり、箱男になってしまった人の例 (箱男と言うのは一人の人を指しているのではなく、「Aくんは箱男になってしまった」 のように、状態を表す言葉として使われています)、箱男である 『僕』 について、贋箱男の登場……などが様々な視点から、断片的な記録によって語られます。

 

 途中には新聞記事やメモ書き、モノクロ写真と詩のようなキャプション、など様々な記録がまじっていて、私はばらばらになった現実や想像が錯綜している感じを受けました。 

 読み進めるうちに、どこまでが願望や夢想で、どこまでが現実なのかわからなくなってくる。

同時に、どちらが見ている方でどちらが見られている方なのか、

どちらが書いている方でどちらが書かれている方なのかわからなくなってくる。

 

箱男が居眠りをするというようなシーンをすこし引用します。

文章はリズムがよく、詩的で好きです。

 

貝殻草のにおいを嗅ぐと、魚になった夢を見ると言う。

……中略……

貝殻草の夢が、やっかいなのは、夢を見ることよりも、その夢から覚めることのほうに問題があるせいらしい。本物の魚のことは、知るすべもないが、夢の中の魚が経験する時間は、冷めているときとは、まるで違った流れ方をするという。速度が目立って遅くなり、地上の数秒が、数日間にも、数週間にも、引き延ばされて感じられるらしいのだ。

 

 この後、夢の中の贋魚は、どうにかして目を覚まそうと水面への「逆墜落」を試みる、という話になるのですが、ここだけを説明するのは難しいので、ぜひ全篇を読んでみてください。

 

 次に紹介するのは、『歩く仏像』 by渡辺松男 歌集です。

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(残念ながらAmazon楽天では見つかりませんでした…)

渡辺松男は歌壇賞や寺山修司短歌賞などを受賞している歌人です。

ほかの歌集には『寒気氾濫』『蝶』『雨る』など。

今回は『歩く仏像』と言う歌集の中から、一冊目に取り上げた『箱男』に感化されて作られたという、『箱女』と言う連作を紹介します。

 

これも説明がしづらいのですが、この連作は「われ」と「われの恋人」がどちらも段ボールの箱であるという設定。ともかく数首引用します。

 

さみしそうにわれの恋人箱女側面をそっとすり寄せてくる

箱女を抱こうとする箱男懸命に手を四角に伸ばす

さみしさでいっぱいだよとつよくつよく抱きしめあえば空気がぬける

 

なぜか段ボールになると「さみしさ」がとても切実に感じられる気がして印象的です。人間の不器用さとか、思いの伝わりにくさとかが直に伝わってくる感じ。

渡辺松男さんは私の好きな歌人の一人なのですが、少し変わった視点の歌が多く想像力を刺激されます。

少し趣向の違う作品を、本のタイトルにもなっている 「歩く仏像」 の連作から。

てきとうなところで天道虫たちと休みましょうと歩く仏像

待っていると樹がやってきて葉を散らすたのしいなあここに誰もいなくて

きもち悪くてあたまのなかの鞦韆 (ぶらんこ) を吐きだしにけり空は青いのに

 この独特な感覚に興味を持った方はぜひ本を手に取ってほしいです!

何だかやみつきになります。

 

今回紹介した二冊で扱われていた「人が箱になる」 という設定は一見荒唐無稽ですが、

そんなあり得ない状況を仮定してみるからこそ、見えてくるものや強調されるものがあるはずです。それがフィクションの魅力だと思います。